寝かし、寝かされ、もうすぐ6歳2010/10/03 06:48

相変わらず息子は本を読むのが大好きで、保育園でよく本を借りてくる。

もちろん、ひらがなとカタカナしか読めないが、漢字のふりがなをふってあれば漢字交じりの本も真剣に読んでいる。

だから最近は私が寝かし当番のときは、うまく息子をおだてて本を読んでもらうことにしている。

昨晩も「がちょうおくさん」を読んでもらって、いつしか眠りに落ちた私だった。

男はつらいよ2010/10/04 23:15

私が会社から帰宅するのは夜7時から8時の間くらいのことが多く、当然息子はまだ起きている。
私が「ただいま」とドアを開けると、たいてい妻と息子が居間から顔を出して、「おかえり」と迎えてくれる。

しかし、1ヶ月に1~2回は、私が「だたいま」とドアを開けても、何の反応も無いことがある。風呂に入っているわけでもないのに、何の反応も無いのである。
こういうとき、私は少々緊張する。そう、恐らくは2人(妻と息子)が喧嘩している、いや息子が妻(母親)に怒られて険悪な空気が漂っているのである。

私としても対応が難しい。
当然ながら息子が悪いこと(片付けをしない、嫌いな物を食べない等々)をしたから怒られるわけだが、息子をかばえばとばっちりがこちらに向かってくるし、息子を責めれば事態はさらに悪化するし。。。。

今晩も帰宅してみるとその状況。
私「おい、ナオミチ。何をして怒られちゃったんだい?」
息子「おもいだせない。。。」
ゲゲ、おい息子よ、これはまずいぞ、全然反省していないのか。
妻の目がきらっと不気味に光った。

何とか息子を諭して、妻に謝らせたが、妻はこう言った。
「いつも謝るけれど、ナオミチはすぐに忘れちゃうじゃない。もう信じられない。」

おいおい、これはいつも私が夫婦喧嘩で言われていることではないか。
ああ、息子よ、男はつらいよなぁ。。。

とことん付き合うばあちゃん、すごい2010/10/10 22:25

妻も義母もクリスチャンである。
(以前妻と喧嘩をしたときに「お前がクリスチャンならばもっと寛容なはずだ。」と言ったところ、「それができないから教会に行っているのよ!悪かったわね!」と言い返されたことがある。)

義母は横浜の方(横浜で相鉄線に乗換え)の教会に通っているが、息子もたまに義母と一緒に教会に行く。
教会は礼拝中に子供を預かって遊ばせてくれるのだが、最近そこにいつも来ているI君と仲良しになったようである。

いつものパターンは、朝9時にあざみ野駅(ウチの駅から3つ目の駅)で義母に息子を預け、教会から帰ってくる息子を午後2時か3時にまたあざみ野駅で受け取るというもの。ただ、帰り道に2人で寄り道をして遊んでくることもよくある。

午後3時頃義母から電話がかかってきたので、当然あざみ野駅に着いたという連絡かと思ったが、義母の話ではスタンプラリーとかをやっていて、これから湘南台や海老名の方に行くのでだいぶ遅くなるとのこと。
湘南台も海老名もどこにあるのかよくわからないが、まあ夕方には帰ってくるだろうと思っていた。
ところが、夕方になっても一向に連絡はなく、電話が鳴ったのは午後7時半頃だった。

早速あざみ野駅に迎えに行ったが、息子は嬉しそうにスタンプラリーの帳面を見せてくれた。
何と相鉄線の全25駅でスタンプを押してきたというのだ。

うーん、25回電車から降り、階段を昇り降りしてスタンプを押したわけだ。
息子よ、君はえらい!
しかし、息子よりえらいのはそれに付き合った72歳の義母(美代さん)である。

波乱の運動会2010/10/16 21:29

先週は雨で流れた運動会だが、今日は良い天気。
息子の保育園最後の運動会だ。

今通っている保育園には息子が3歳のときに移ってきたのだが、当時は年長の組の子供達がやけにしっかりして見えたように記憶している。
息子はもう最年長となったわけで、本当に月日がたつのは早いものだ。

運動会でいつも感じるのだが、子供達の成長度合いや個性は様々である。
同じクラスの子供達は送り迎えのときによく会っているので、だいたいの特徴は把握しているのだが、運動会で意外な発見があって面白い。(大人しそうに見えていた女の子が実は運動神経抜群だったり。。)

ウチの息子についてもこれまでにない雰囲気を感じた。
家ではふざけているばかりの息子が引き締まった表情で各競技に取組んでいる。
驚いたのは竹馬のとき。
慎重に歩を進め20mほどの距離を落馬することなく完歩した。
うまくできずに泣きじゃくる子供もいる中で、親バカかもしれないが、息子は本番に強いタイプのように感じた。
(笑)

保育園の運動会なんて単なるお遊戯会のようだと馬鹿にしたものでもなく、毎年いろいろなドラマがある。
今年は年長組の紅白リレーで波乱のドラマが待っていた。

波乱その1:赤組の先頭走者のK君が途中で走るのをやめてしまった。想像するに追い抜かれたのが悔しかったのだろう、ふてくされて最後にはバトンを放り投げてしまったのだ。これで赤組が1周以上の大差を付けられてしまった。

波乱その2:こうして勝負に対する興味をそがれてしまったが、今度は白組のNちゃんがやってくれた。バトンを受け取ったがトラックを走らずにトラックの中(フィールド)を走ってしまい、トラックの半分以上を近道
してしまったのだ。
まあまだ5歳だから無理からぬ面もあるが、そのとき担任のK先生が笛をピピーと吹いた。競技は中断である。
なんだ、なんだと場内はざわめく。
泣き出すNちゃん。誰にも間違いはあるのよとなだめるK先生。

そして紅白リレーは最初からやり直し。
赤組のK君はもう走らなかったが、今度は白熱したレースとなり、赤組アンカーのT君が白組アンカーのR君を追い抜いて赤組勝利となった。

走るって面白いと再認識させてくれる運動会だった。

幼児の成長と自分の壁2010/10/17 21:46

ゴルフ好きの私。
日本オープンをテレビ観戦していたが、東北福祉大1年の松山君が上位に食い込んでいた。
男子プロゴルフは石川遼の登場以来、若手が台頭している。池田、薗田、そして松山等々。

昔の男子プロゴルフは30代、40代の選手を中心に優勝争いをしており、その頃はゴルフは経験がものをいうから若い選手は通じないなどと言われていた。
最近のこの若手、いや高校生、大学生の躍進ぶりは一体どうしたことなのだろうか。

こんなことを考えながらテレビを観ていたわけだが、ふと昨日の運動会の竹馬の光景が蘇ってきた。
1ヶ月前の練習では1歩も歩けなかった息子が、運動会ではすいすいと歩いてしまったあの光景だ。
きっと他の子供達もそんな感じでできるようになってしまったに違いない。

そのとき私の頭の中に稲妻が走った。(ちょっと大袈裟)
そうだ、子供達の上達が早いのは、自分にはできないとか無理だとかそういうマイナス思考が無いからではないか。出来ると思うから出来るようになるわけだ。
男子ゴルフの若手の躍進も、「石川遼に出来るんだから自分だって出来るのでは」という精神的な部分が大いに影響しているのだ、と近年の疑問が解消した。(ような気になった。)
そういう意味でも石川遼が男子プロゴルフ界に与えた影響は甚大なものがあったのだ。

さて、翻って自分について考えてみる。
これまでは自分を枠に嵌め過ぎていたように思う。
「ジュニアからやっているわけではないから限界あるよな」とか「練習してないのに上手くなるわけないよな」とか。
ゴルフに限らず、自分の伸びる余地はまだまだ大きい、いや無限にあるのだ。(多分。。。)

6歳の誕生日2010/10/22 22:22

今日は息子の6歳の誕生日。

毎年誕生日には必ずブログを書いているので、もうこれが6回目のわけだ。何度も何度も書いているが、時の過ぎ行く速さには驚くばかりである。

まずは身体の成長を振り返ってみよう。
誕生時49cm、3.9kg→1歳71cm、11.5kg→2歳82cm、14.5kg→3歳92cm、17.2kg→4歳99.5cm、19.5kg→5歳106.5cm、21.5kg→6歳113.6cm、25.2kg

誕生時に比べ、身長が約2.3倍、体重に至っては6.4倍である。
このように書くとかなりのデブになったと思われそうだが、これでもだいぶスリムになったのだ。
赤ん坊の頃は土偶のような風貌で、自分の子供だから可愛いと思ってはいたが、もし仮にこの子が他人の子であれば「やけに不細工な赤ん坊だ。」と思ったに違いない。
そんな土偶ちゃんも今ではがっちりとした体つきの坊やとなり、いつも小学生と間違われている。(身長は普通だが横幅があるために大きく見えるらしい。)

身体はともかく、頭脳というか精神というかそちらの成長も著しい。
私が想像していた6歳児を遥かに凌ぐ成長ぶりで、本も読めば、ビデオも見るし、トランプ、ダイヤモンドゲーム、サッカーゲームなどで私と競っている。

こちらが小言を言っても、すぐには謝らず、必ず言い訳をしてくるのは誰に似たのだろうか。(妻は私に似たというが、、)

6歳の誕生日は小学校入学までの最後の誕生日のわけで、それなりの意味があると思う。
いわば幼児期に完全に別れを告げ、少年の階段を上っていく分かれ目なのだろう。

もちろんこれからも子育ては続くわけだが、もう育児(イクジ)という言葉もそぐわなくなってきたように思う。
このブログ(男のイクジな日々)もそろそろ終わりにするべきなのだろう。

ちょっと寂しい気もするが、ブログの終わり方を考える今日この頃である。

見下ろせば、あずさ2010/10/24 22:07

今年の12月で28年余り勤めた会社を退職することになった。(私は「サラリーマン引退」と呼んでいる。)

そのあたりのことはいずれゆっくりと書きたいのだが、ともかくも退職後は山梨県に移住することに決めている。

まずは住まいということで、9月中旬から現地で家探しを始めたが、中古物件を買うのも土地を買って家を新築するのもあまり金額的に変わらないようなので、最近は手頃な土地を探している。

この週末も不動産屋さんに連れられて物件見学をしたのだが、最初の2件の土地はあまりピンとくるものが無かった。
そして、3件目。地元集落から細い道を200mほど進むとその土地はあった。集落に近いのに周囲は森で、別荘地のような趣きだ。
そのとき「ああ、こんな場所もいいな。」と私は思った。ただ、確信は持ったわけではない。

その土地から集落に戻るとき、あっと目を見張る光景が広がった。
下り坂の向こうの方に特急あずさが走り去っていくではないか。駅が近いのでゆっくりとしたスピードだが、なかなか格好いい。電車好きの息子も大喜びである。

このとき、私はこの土地に決めようと密かに思ったのである。